戦後50周年の節目に社会党の村山富市さんが総理大臣であったことを、かつて自民党の野中広務さんは「天の配剤」だったと述べました。それに対して、70周年となる今年、安倍晋三という人物が総理の座に居座っていることが、日本の戦後の歩みに暗い陰を落としています。
「積極的平和主義」という平和主義を僭称するスローガンに基づき、違憲の安保法制を強行し、憲法9条を完全に無効化してしまおうというやり口と、「慰安婦」問題などをめぐる歴史修正主義は、戦後と戦前の違いこそあれ、ともに歴史や事実を意のままに改ざんしてしまおうというところが共通しています。
そもそも、過去の植民地支配や侵略戦争のなかで繰り返された人権侵害とむきあう戦後日本の取り組みは、決して迅速でも充分でもありませんでした。しかし市民社会や学界で先行した努力が、冷戦終焉期の国際協調主義的な流れのなかで、一時期は政治のメインストリームにまで影響を及ぼすようになっていたのです。
ところが、バブル崩壊後の「失われた10年」のなか自信喪失気味となった日本で、安倍氏らが歴史修正主義バックラッシュを率い、小泉・第1次安倍政権期に政界の最前面に躍り出て、その後民主党の興隆と衰退を経て、政党システムのバランスが壊れきってしまった今、ついに歴史修正主義を正式に政策として掲げる政権与党を形成するに至ってしまったのです。
国内では、吉田証言に基づく記事を撤回した朝日新聞が「慰安婦」問題そのものをねつ造したかのような印象操作を右派メディアと連動して行い、残念なことに相当程度の「成功」を収めてしまいました。形式的には河野談話や村山談話を継承しているとしていますが、両談話がともに人権侵害の事実から目を背けない歴史研究や歴史教育へのコミットメントを表明していることを考えると、すでにその約束を破ってしまっていると言わざるを得ません。
そればかりか、とりわけ昨年秋よりアメリカを中心とした海外においてさえ、研究者やジャーナリストを主たる標的として、「慰安婦」問題を中心とした歴史問題に関する日本政府の介入キャンペーンが始まってしまいました。これは2014年末の解散総選挙でも公約の一部に記載され、その後、予算措置まで取られているまぎれもない「政策」なのです。自民党側でこれを主導してきたのが、「日本の名誉と信頼を回復するための特命委員会」という名の組織であるのは、笑えない冗談なのでしょうか。
こうした目を覆うばかりの状況を変えていくには、市民社会と学界が再び率先して声をあげ、国際的な人権擁護の連帯を通じて、政治を動かしていくほかありません。河野談話や村山談話を継承するというからには、その完全な「実施」を求めていく必要があります。人権侵害の過去と正面からむきあい、その事実を若い世代とともに受け継ぎ、武力によらない平和な未来を切り拓いていくことこそが、戦後70周年の私たちの誓いであるはずです。
中野 晃一 (上智大学教授)